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大阪高等裁判所 平成6年(ラ)671号 決定

抗告人 社団法人日本労 働者信用基金協会

同代表者理事 石川嘉彦

同代理人弁護士 山本博

同 荻原富保

相手方 竹尾翠

同代理人弁護士 杉山彬

第三債務者 大阪府

同代表者府知事 中川和雄

主文

一  原決定を取り消す。

二  相手方の本件申立を却下する。

三  手続費用は、第一、二審とも相手方の負担とする。

理由

第一本件執行抗告の趣旨及び理由

別紙執行抗告状(写し)記載のとおりである。

第二当裁判所の判断

一  前提事実関係

本件差押禁止範囲変更申立の趣旨及び理由は、原決定の理由中の一項(原決定一頁一〇行目の冒頭から同二頁七行目の末尾まで)に記載のとおりであり、一件記録によれば、原決定二項前段の事実(原決定二頁の八行目の「本件差押えが」から同三頁四行目の末尾までの事実)が認められるから、これらを引用する。

二  原裁判所は、上記事実関係を前提として、第三債務者が、相手方の公立学校共済組合に対する償還金(毎月給与から一〇万三〇八二円(平成六年四月ないし六月)及び六月期手当から一五万二一五七円(平成六年六月の期末・勤勉手当))を地方公務員等共済組合法(以下「地共法」という。)一一五条二項の規定に基づき、本件差押えの対象となっていない給与額から控除して給与を支給していることは、民事執行法一五三条一項の「生活の状況その他の事情」のひとつとして考慮することができ、その結果、共済組合は事実上他の債権者に優先して相手方に対する債権の弁済を受けることになるが、地共法が償還金の控除及びその払込みを給与支払機関の義務と規定している以上、そこまでは法が容認するものであるとして、本件差押禁止範囲変更の申立を認容し、実質的には、上記共済組合に対する償還金に相当する部分まで差押禁止の範囲を拡大する旨の原決定をした。

三  しかしながら、原裁判所の上記判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。

地共法一一五条二項の規定は、地方公務員共済組合(以下「組合」という。)の組合員の給与支給機関は、組合員が組合に対して支払うべき掛金以外の金員(以下「償還金」という。)があるときは、給与その他の給与を支給する際、組合員の給料その他の給与からこの金額に相当する金額を控除して、これを組合員に代わって組合に払い込まなければならない旨を規定している。

この規定は、共済制度の趣旨に鑑み、組合が組合員に対して有する貸付金等の債権を組合員から簡便かつ確実に回収し、もって組合の財源を確保する目的で設けられたものであるが、この払込みが他の一般債権に対して優先する旨の規定を欠くこと、「組合員に代わって」組合に払い込まれなければならないという文言に照らしてみれば、この払込みは、給与支給機関が組合に対する組合員の債務の弁済を代行するものにほかならず、組合が、破産手続や民事執行手続において、他の一般債権者に優先して組合員に対する貸付債権等の弁済を受け得ることを規定したものと解することはできないものである。

また、この規定は、地方公務員の給与の直接払の原則及び全額払の原則(地方公務員法二五条二項)の例外をなすところ、組合は、組合員に対し、その給与の額等から無理なく返済できる金額を貸し付けるものであり、給与の直接払・全額払の原則に対する例外として支給前控除を認めても組合員の生活を直ちに圧迫することはないことを前提とするものである。したがって、本件のように組合員が給与の差押えを受け、その差押え額を差し引かれたうえ、さらに地共法の規定による償還金を控除された結果、組合員の生活が圧迫されるような危殆的事態の場合までも想定した規定であることは、到底いうことができない。このような場合、給与の直接払、全額払の原則に戻り、給与支払機関の組合に対する払込義務は当然減免され、組合員は給与支払機関に対して、その生活状況を勘案して、償還金の一部又は全部の控除をしないことを請求し、給与支払者は、その請求に従い、組合員に対し、その生活状況を勘案して、組合に対する償還金の一部又は全部の控除をしないで、給与を支給する、との取扱いをすることが、各種制度の合理的運用並びに関係者相互間の公平に合致するものと解される。

四  したがって、本件において、第三債務者が、本件差押えの対象となっていない給与の額から更に組合に対する償還金を控除して給与を支給していることを、民事執行法一五三条一項の「債務者及び債権者の生活の状況その他の事情」のひとつとして考慮することはできないものであり、これに反して、差押禁止範囲の拡張を認める原決定は取消を免れない。

第三結論

以上の次第で、当裁判所の見解と異なる原決定を不相当として取り消したうえ、本件申立を却下することとし、手続費用は第一、二審とも相手方に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 砂山一郎 裁判官 東畑良雄 裁判官 塚本伊平)

別紙 執行抗告状

申立の趣旨

原決定を取り消す。

相手方の本件差押禁止範囲変更の申立を却下する。

手続費用は、相手方の負担とする。

との裁判を求める。

申立の理由

1 原決定は、地方公務員等共済組合法一一五条二項の規定をして「共済組合は、事実上他の債権者に優先して申立人(本件相手方)に対する債権の弁済を受けることになるが、地共法が償還金等の控除及び払込みを給与支払機関の義務と規定している以上、そこまでは法が容認していると言わざるを得ない。」とし、これは「申立人(本件相手方)が破産した場合上記控除及び払込みが否認の対象となることまで否定するものではない」とする。

2 しかしながら、原決定の引用する最高裁判例は、共済組合への給与支給機関の払込が他の債権に対して優先するものではなく、単に地方公務員法の給与直接払の原則及び全額払の原則に対する例外としての規定にすぎないもので、給与支給機関が組合に対する組合員の債務の弁済を代行するものに他ならない旨を明言しているのであって、破産の場合のみの解釈を示したものではない。即ち、原決定の「地共法が控除を義務としている以上結果的に優先弁済を認めたものとしても法が容認するものとする」点は、その様に解すべきではなく、地共法の規定は、組合員が通常に生活している場合を想定しているだけであって、償還金の控除の結果、差押禁止範囲に関する民事執行法等の規定に実質的に抵触するような事態に組合員が陥った場合には、給与支給機関としては直ちにそうした状態に組合員があることを知るのであるから、給与支給機関の上記義務は消滅するのみならず、控除を中止すべき義務が生ずるものと解するべきである。

言い換えれば、最高裁判例の言わんとしているように地共法一一五条二項の規定は、共済組合は組合員の給与状況等から無理なく返済出来る金額を貸し付けるものであり、通常の場合、給与直接払の原則及び全額払の原則に対する例外を定めても組合員の生活を圧迫することはないことを前提とし、共済組合の健全な発達育成のため、給与支給機関の義務を定めたもので、組合員の生活が出来ない状態に至った場合にはこの義務は消滅すると解しても何ら不合理はない。

なお、この関係を以上のような地共法一一五条二項の解釈に求めるのではなく、前法・後法の関係に立つと説明する方法かあるいは一般法(地共法)・特別法(民事執行法)の関係に立つと説明する方法もあり得るが、いずれにせよ法を矛盾無く理解するためには上記のように解するべきである。

3 これを組合員の側からすれば、給与の差押を受けた上に償還金の控除をも受けた結果、実質的に民事執行法等の定める差押禁止範囲を越える給与しか受領できない結果を招来した場合、組合員に於て給与支給機関に対し、上記の債務の弁済代行の撤回を申し入れるべきものである。これに給与支給機関が従わなかった場合には、これに対して差押後あるいは申入後の控除給与の返還を求めるべきものある。

4 結論

原決定は、給与支給機関の償還金控除を違法とするならば、相手方(債務者)は十分生活していけるものであるとの前提に立っており、この前提が誤っている以上、原決定は違法となるから取り消されるべきものであるので、本申立に及ぶ。

別紙 差押債権目録一

金五、三一三、六三八円

債務者が第三債務者から支給される

(1) 平成六年七月以降毎月支給の給料(通勤手当を除くその余の諸手当を含む)から、所得税、住民税、共済組合掛金などの法定控除額を差し引いた残額の四分の一

但し、上記残額が月額四一七、四四二円を超えるときは、その残額から三一三、〇八二円を控除した金額

(2) 各期の期末手当、勤勉手当(特別手当等の賞与の性質を有する給与を含む)から、上記(1)と同じ税金等の法定控除額を差し引いた残額の四分の一

但し、上記残額が四八二、八七六円を超えるときは、その残額から三六二、一五七円を控除した金額にして、この決定送達時に支払い期がある分以降、頭書金額に達するまで、

なお、上記(1)、(2)により頭書金額に達しないうちに退職した時は、

(3) 退職金から所得税、住民税等の法定控除額を差し引いた残額の四分の一にして、上記(1)、(2)と合わせて頭書金額にみつるまで

別紙 差押債権目録二

金五、三一三、六三八円也

債務者が第三債務者から支給される

(1) 毎月の給与(俸給、給料等の基本給及び諸手当。但し通勤手当を除く)から、給与所得税、住民税、共済組合掛金等の法定控除額を控除した残額の四分の一。

但し、上記残額が月額二八万円を超える時は、その残額から二一万円を控除した金額。

(2) 各期の期末手当、勤勉手当(特別手当等の賞与の性質を有す給与を含む)から、上記(1)と同じ税金等の法定控除額を控除した残額の四分の一。

但し、上記残額が二八万円を超える時は、その残額から二一万円を控除した金額。

にして、この命令送達時に支払期にある分以降、頭書金額に満つるまで。

なお、上記(1)、(2)により頭書金額に達しないうちに退職した時は

(3) 退職金から所得税、住民税等の法定控除額を控除した残額の四分の一にして、上記(1)、(2)と合わせて頭書金額に満つるまで。

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